※しばらく飽きるまではChappyに「池井戸 潤風味の文体」を依頼するつもり
そのホイールを履かせるために、ワイドボディを作る。
数年前、そう思い立ったことが、このプロジェクトの始まりだった。ところが、ようやく本格的に動き出したところで、そのホイールを諦めることになった。
我ながら、なかなか皮肉なスタートである。
理由は単純だった。
リヤのサイズが、足りない。
もちろん、買ってからサイズを調べたわけではない。リムの太さも、インセットも確認していた。50mmのスペーサーを併用すれば、リヤフェンダーを充分に張り出させられる。その見込みで用意したホイールだった。
ところが、数字で確かめたことが、そのまま欲しい姿になるとは限らない。
実車にホイールを装着し、ホイールアーチに50mmワイドを想定したガイドを取り付けた。これで、これから作るフェンダーの輪郭が見えてくる。
少し離れて眺めた。
「……ひょっとして、イマイチ物足りない?」
思っていたのと違う、とまでは言えない。確かにワイドにはなっている。ただ、頭の中で何年も眺めてきた姿と、目の前のボクスターが、どうも重ならなかった。
着地してキャンバーが付くと更に内側へ入ってしまう。
面ができれば、印象も変わるだろうか?

ひとまず、その違和感には脇へ寄っていてもらい、作業を進めることにした。
フロントからリヤにかけて、クレイの中子となるスチロールを盛り付けていく。まずは細部を追わず、大まかなボリュームを作る。ボディ全体のつながりが見えてくれば、判断もしやすくなるはずだった。

スチロールを貼り付けてホットワイヤーで削ぐ
離れて見る。
また近づいて、削ぐ。
そうやって、ざっくりと全体の雰囲気を出してみた。
しかし、最初の違和感は消えなかった。むしろ形が見えてくるほどに、その正体がはっきりしてきた。

リヤフェンダーが、貧弱なのだ。
いや、貧弱という言葉では少し違うかもしれない。張り出しはある。純正との違いもある。それなのに、欲しかったものが、そこにない。
色気がない。
自分が欲しいのは、ただ幅を広げたボクスターではなかった。リヤに目をやったとき、思わず視線が止まるような量感。張り詰めた面と、そこから流れていく曲面。その組み合わせで生まれる、あの艶っぽさだった。
それを作ろうとすると、どうしても今の位置では足りない。
「あと30mmは、欲しいな」
実物を前にすると、その差は小さくなかった。ここからさらに張り出せれば、欲しい形へ持っていける。逆に言えば、今の幅のままでは、どれだけ表面を整えても自分は納得しないだろう。
ただし、話はそう簡単ではない。
すでに50mmのスペーサーを使う前提なのだ。さらに30mmを足して、80mmのスペーサーを採用するわけにはいかない。
本来なら、安全性やバネ下重量を考えると50mmでも避けたいところだった。
欲しい形が見えてきたからといって、そこを際限なく足していくつもりはない。
作業の手が止まった。
このホイールを残すなら、フェンダーの張り出しを我慢することになる。
フェンダーを欲しい形にするなら、このホイールを諦めなければならない。
始める前には考えてもいなかった二者択一が、まだ粗削りのボディを前にして、突然、目の前に置かれた。
そもそも、このホイールに惚れたから始めた計画である。何年も頭の中で組み合わせてきたものを、いざ着手した途端に手放すのは、正直、惜しい。
しかし、そのために、イマイチだと思っているデザインを完成させるのか。
完成した車を見るたびに、「本当は、あと30mm欲しかった」と思うのか。
それだけは、あり得なかった。
自分で形を作れるのに、自分が納得できないところで手を止める。それでは、何のための「One&Only」なのかわからない。
同じディスクデザインに、もっと大きなサイズがあれば話は早かった。だが、必要なサイズは存在しない。好きなデザインだからといって、カタログにないサイズまで出てくるわけではなかった。
結論は、もう出ていた。
ホイールを、替える。
軽い気持ちで出せる答えではない。プロジェクトのきっかけになったものを、自分の判断で外すのだ。まさに断腸の思いだった。
それでも、スチロールで粗く形を出したリヤフェンダーを見れば、決断が間違っていないことはわかった。
ここを、もっと張り出させたい。
もっと豊かに、もっと艶っぽくしたい。
ホイールを惜しむ気持ちより、その形を作りたい気持ちのほうが、もう強くなっていた。
数年前、一本のホイールのデザインから始まった構想は、実車に手を入れたことで、少し違う方向へ動き始めた。
ずいぶん遠回りな話だが、実際に盛って削らなければ、この判断はできなかっただろう。
さて、ホイール探しから仕切り直しである。
ただ、これでひとつ、譲れないものがはっきりした。
やっぱりPORSCHEは、色気のある「デカっ尻」でないとダメだ。
次回に続く。